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第III部 ・ 第15章

Wardleyマップ

この章の狙い: 組織を取り巻くエコシステム全体を俯瞰し、構成要素の「進化段階」を見える化するWardleyマップを学ぶ。10分入門・有用な場面・作り方の手順・ドキュメント化・ドクトリンとゲームプレイまでを通してつかむ。

15.0 はじめに:ズームアウトする手法

戦略を洗練する3つの中核手法のうち、著者が個人的に最も使ってこなかったのがWardleyマップだという。それでも取り上げたのは、戦略を洗練する手法がいかに多様かを伝えたかったから、そして自分のツールキットを充実させるのに遅すぎることはないと示したかったからだ。システム思考や戦略テストが細部に「ズームイン」しがちなのに対し、Wardleyマップは「ズームアウト」して組織を取り巻く大きなエコシステム全体を俯瞰するのに最適である。

15.1 Wardleyマップ:10分入門

Wardleyマップは、戦略を「現実」にしっかり根差したものにするための技法だ。実践者の言葉を借りれば「状況認識(situational awareness)を得るための手法」と言える。2005年にSimon Wardleyが考案した。読み解く基礎となるコンセプトは3つ――コンポーネント、X軸、Y軸である。

構成要素(コンポーネント)は3種類。ユーザー、ニーズ、ケイパビリティだ。ユーザーは図の最上段に置かれ、プロダクトを利用するユーザーの集まりを表す。各ユーザーは固有のニーズ(一般的には達成すべきタスク)を持ち、それを満たすには対応するケイパビリティが必要になる。ユーザーに直接つながる箱はすべてニーズを意味し、ニーズにつながる箱がケイパビリティだ。ケイパビリティ同士は直接つながることもある。

Y軸は「ユーザーへの可視性」を表し、上ほど可視性が高い。最上段のユーザーに近い箱ほど、ユーザーから見えやすい。X軸は各コンポーネントの進化段階(コモディティ化の度合い)を、左から「ジェネシス→カスタム→プロダクト→コモディティ」の4区分で表す。同じ機能でも、自前で新規開発した段階(ジェネシス/カスタム)か、市販品やコモディティ化したサービス(プロダクト/コモディティ)かで、置く位置が変わる。

ナレッジ管理ツール(ConfluenceやNotionのようなWikiに近いもの)を題材にしたマップ例が示される。「コンテンツ作成」「コンテンツ閲覧」「ドキュメントエディター」「検索インデックス」などの箱が、可視性と進化段階の二次元平面に配置される。ケイパビリティは時間とともに右(コモディティ方向)へ進化する。AI登場後の例では、AIによる強化やエージェントによる自律的なドキュメント編集が新しいケイパビリティとして現れ、編集が一段右へ動いていく様子(進化を表すパイプライン)が描かれる。さらに、どのチームがどのケイパビリティを持つかを示す「オーバーレイ」を重ねれば、組織の責任分担を地図上で読める。

現場で見るマップはこの例よりずっと複雑に見えるが、使われている基本要素は同じだ。コンポーネント・X軸・Y軸の3点さえ押さえれば、たいていのマップを読み解ける。

15.2 Wardleyマップ用ツール

本章を執筆した時点で、システムモデリング用ツールほどには洗練が進んでいないものの、Wardleyマップ用ツールはそれなりに揃ってきている。著者が使うのは、Onlinewardleymaps.com(OWM)のようなオンラインのテキスト記法ベースのツールだ。マップをコードのようにテキストで定義でき、無償で使え、共同編集・共有もしやすい。要は、専用ツールにこだわるより、手早く回せて共有しやすいものを選ぶのが要点で、これはシステムモデリングと同じ姿勢である。

15.3 Wardleyマップが有用な場面

Wardleyマップが効くのは、自社を取り巻く外部環境(業界構造や技術の進化)が変わっていて、その変化が制約や好機を生む状況だ。状況認識に身を置いていると世界が急速に変わって見えるが、Wardleyマップを描くと物事が安定して見え、落ち着いて手を打てるようになる。物理的なデータセンターを自前で持っていた時代から、クラウド利用が当たり前になった移行のように、ケイパビリティの進化(コモディティ化)が業界全体を動かす局面でとくに有用だ。どんな状況でも漫然とマップを描くわけではない――重要なのは、Wardleyマップが捉える「進化」というレンズが活きる、外部環境の変化が戦略に効いてくる場面を選ぶことにある。

15.4 Wardleyマップの作り方

Wardleyマップは練習で身につくが、ここでは作る手順を段階的に示す。以下の各ステップを踏むことで、初めてのマップを作成する道筋が見える。

ステップ1:小さく始めて繰り返し改善する。シンプルなマップ、複数マップへの分割もよいから、まずざっくり作り、後から洗練する。最初から完璧を狙わない。
ステップ2:ユーザー、ニーズ、ケイパビリティを書き出す。本章のナレッジ管理の例のように、最上段にユーザー、その下にニーズ、さらに下にニーズを満たすケイパビリティを書き出していく。漏れがあれば後から足す。
ステップ3:バリューチェーンを書き出す。各コンポーネントの依存関係をたどり、どれがどれに依存するかをつなぐ。これがバリューチェーンとなり、特定のケイパビリティが複数のユーザーニーズを支えていることなどが見えてくる。
ステップ4:バリューチェーンを進化軸に沿って配置する。各コンポーネントを「ジェネシス/カスタム/プロダクト/コモディティ」のどれに当たるかで横位置を決める。ユーザーから見えやすいものほど上に、コモディティ化したものほど右に置く。
ステップ5:現状のマップを読み解く。バリューチェーンを配置し終えたら、組織がどこに注意を向けるべきかを読む。
ステップ6:マップがどう進化するかを予測する。未来予測も入れ、今後どの要素がどう右へ進化するかを描き込む。
ステップ7:予測した未来のマップを読み解く。未来予測に基づき、今のうちに打つべき手やリスクを読み解き、それをメモしておく。
ステップ8:マップを共有してフィードバックを得る。一人で作ると見落とすことが多々ある。共有して優れたマップは共同で作られるという前提に立ち、関係者の視点を取り込む。
ステップ9:学びをドキュメント化する。マップから得た学びを文章化し、後述のドキュメント化の節につなげる。

手順を提示することの欠点の1つは、その順序が「固定されたレシピ」に見えてしまうことだ。実際にはステップは行き来するものであり、これらは厳密な順序ではなく、自分のやり方に合わせて崩してよい。

15.5 Wardleyマップ事例への道しるべ

基礎を押さえたら、Wardleyマップをうまく使いこなすための近道は、自分自身のマップを描いてみることだ。次に深い理解への道しるべとして、本書付随のドキュメントや著者ブログ(lethain.com の wardley タグ、「Measuring developer experience」「Mapping engineering org evolution」など)が紹介される。これらの実例を読み、自分の状況に重ねて手を動かすことが、マップ習熟への最短ルートだという立場だ。

15.6 Wardleyマップをドキュメントに起こす方法

11章で述べたとおり、作成プロセスに沿ってドキュメントを構成するのが最も良いことが多い。本章では基本的に「最初に簡潔に書き、後から肉付けする」という「書くことから始める版」の進め方を採る。最適化された版では、次の3つのセクション構成を勧める。

現状のしくみ。現在の環境を示したマップから始め、マップの背後にある制約・依存・論点について説明し、特に判断の根拠を強調する。
将来の状態への移行。現状から予測される将来の状態への遷移を示した2つ目のマップから始め、可視性や進化の度合いがどう変化したかを説明し、現状からどう移行するかについても論じる。
ユーザーとバリューチェーン。Wardleyマップを作るとき、まずユーザーとバリューチェーンから始める。可視性と進化の度合いの説明のために、ユーザーとバリューチェーンを2つのセクションにまとめて切り出してもよい(場合によっては1つの文章にまとめる)。

全体像を把握しているなら、こうした順で細部に触れられるが、状況によっては読み手にとってのフォーマットを尊重し、自社の標準形式に合わせることも検討する。

15.7 ドクトリンとゲームプレイ

本書の入門段階ではWardleyマップを使った分析方法と読み解き方を扱うが、考案者Simon Wardley自身の戦略アプローチには、視点を捉えなおすために「ドクトリン」と「ゲームプレイ」という2つの考え方がある。ドクトリンは、状況に左右されにくい一般原則の集まりだ。たとえば「ユーザーニーズに集中する」「適切なツールを使う」など、ほぼ普遍的に適用できる指針である。ゲームプレイはより状況依存的で、特定のマップ(ネットワーク効果やコモディティ化など)に応じて打つ具体的な戦術を指す。

本章の入門ではドクトリンとゲームプレイには深入りしないが、Wardleyマップの分析がより豊富なツールチェーンへ広がっていく入り口として紹介されている。マップを読み解く力が身につけば、これらの上位概念へと自然に橋渡しできる。

15.8 まとめ

どの洗練手法を用いても未来を確実に予測することはできないが、Wardleyマップは戦略の実行時に直面しうる複数の未来像を描き出すのに非常に有効だ。そうした未来を念頭に置けば、最も起こりそうな未来で成果を最大化し、望ましくない未来が来てもそれを乗り切れるよう、戦略を調整できるようになる。

著者がWardleyマップに本格的に取り組むまでには何年もかかったが、いざ踏み込むと想像よりずっと取り組みやすく、いまでは折に触れてマップを作るようになったという。周囲のエコシステムの変化に影響を受ける戦略に取り組む機会があれば、自分自身のマップ作りに挑んでみてほしい、と章は結ばれる。

キーポイント整理

理解度チェック(選択式)

習熟度チェック(記述)