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第II部 ・ 第7章

診断

この章の狙い: 戦略で対処すべき制約や困難を、解決を急がず正確に理解する「診断」を扱う。診断は戦略の土台であり、その甘さこそが失敗の最大原因。組み立て方、データの使い方、センシティブな表現、ブロッカーの捉え直し、自己認識の役割を学ぶ。

7.1 診断は戦略の土台である

診断とは、戦略で対処すべき制約や困難を理解することだ。問題の微妙なニュアンスや制約を十分に把握する前に解決策へ飛びつかないよう、意識的にブレーキをかけるプロセスである。「診断など飛ばして早く解決策に取りかかりたい」と思いがちだが、著者が見てきた中で失敗に終わった戦略は、例外なく診断の甘さや不正確さが原因だった。

逆に言えば、適切に診断さえできていれば、そのあとで多少つまずいても失敗するほうがむしろ難しく、診断ができていないまま戦略が後で成功することはほとんどない。診断の良し悪しが戦略全体の成否を左右する。土台が傾いていれば、その上に何を積んでも崩れてしまうのと同じだ。

探究フェーズで集めた知見と、現在の自分たちの状況の理解から診断は始まる。診断は理解と評価そのものであり、「自分でコントロールできるか」「成功できるか」といった判断とは切り離して考えるべきだ。確かに評価が重大であれば心情的には難しいが、判断を保留して状況を直視することが、次に取るべき手を冷静に選ぶ前提になる。

7.2 診断の組み立て方

診断は次の4ステップで組み立てるとよい。(1) 頭の中にあることをすべて書き出す=今取り組んでいる戦略の背景となっている状況について、自分が把握していることをまず吐き出す。(2) 探究内容を要約する=次に、探究フェーズで得た各論点について、自分の今の状況に当てはめて書き加える。調整が必要かどうかをまだ判断せず、ただ並べることが重要だ。

(3) 異なる視点を用意する=同じ問題でも見る人の立場によって診断が食い違うことがある。著者は1〜2のパターンで失敗しがちだと言う。一つは、調整できると見込んで問題を過小評価し、リスクや困難を実態より軽く扱ってしまうケース。もう一つは、グループ全体や利害が絡む人々に共有してしまうことで、率直さが失われるケースだ。複数の有能なリーダーがそれぞれ独立に診断を書き、それを突き合わせると盲点が見つかる。

(4) これらの視点を1つの一貫した見解に統合する=集めたさまざまな見方を、矛盾を解消しながら一本筋の通った診断にまとめる。プラットフォームとプロダクトのチームで診断が割れることもあるが、人によって温度差があるという事実自体が貴重な情報なので、それも診断に取り込む。最後に、診断の草稿を各視点に照らして検証する。自分の視点を反映してくれそうだと予想される人に共有し、診断が彼ら自身の現実を正確に反映しているか確かめる。違いがあれば書き直し、納得できるまで反復する。

7.3 診断にデータを取り入れる

直観だけに頼らず、データで診断を補強すると説得力が増す。著者は Stripe と Sorbet を開発する背景となった診断(第22-3章ドキュメント)が、Ruby コードベースのテストカバレッジ状況といったデータを含んでいた例を挙げる。データは、関係者がまだ確信を持てていない論点について、それを動かしうる中立的な根拠として機能する。とくに懐疑的な読み手の心を動かすのに有効だ。

ただしデータの入れすぎには注意がいる。読み手が同意していない論点に絞り、診断を評価可能にする少数の決定的な数値を提示するのがよい。あれもこれもと盛り込むと、かえって全体がぼやけてしまう。中立な読み手にとってデータは説得材料になるが、すでに自分の見方に確信を持つ人にとっては、別の視点を示すデータが逆に説得材料になることもある。読み手が同じ結論に近づけるようなデータを示すのが目標だ。

そして、自分の分析に使ったデータの出どころ(リンクや一次資料)を診断ドキュメントに併記しておくとよい。元データへのリンクがあれば、読み手は「この考え方を理解するため」に自分でも検証でき、診断が広く共有されるにつれて要求される一部の信頼を肩代わりしてくれる。なお、戦略の仕事では欲しいデータが手に入らないことも多い。簡単に判断できるだけのデータが揃っていないからこそ、わざわざ構造化した思考プロセス(診断)を踏む価値が生まれるのだ。

7.4 センシティブな部分はひっそりと表現する

著者は Amazon に勤めた当初、新規採用の質を下げてでも頭数を揃えるべきだという診断はすべてのチームの問題だと信じていたが、実際にはチーム1社の問題だったと後に分かった。一部の人にだけ強く当てはまる困難は、誤って全社の困難として扱われると、本来当事者であるべきチームの当事者意識を削いでしまう。診断はセンシティブな部分を含むことがあり、それを公の場で名指しすると、本来は自分で解決すべきリーダーが「自分の問題ではない」と思って関心を失う恐れがある。

こうしたセンシティブな診断は、声高に名指しするのではなく、ひっそりと表現するのが効果的だ。たとえば組織のオーナーシップ移行のような繊細な話題では、当事者が率直なコメントを出せるよう、慎重に扱う必要がある。プラットフォームとプロダクトでオーナーシップの境界が争点になっている、といった構造的な困難も、特定の個人を責める形ではなく、構造の問題として淡々と記述するほうが建設的だ。狙いは、関係者が防御的にならずに現実を直視できる場をつくることにある。

7.5 ブロッカーを「診断の一部」として捉え直す

若手リーダーほど、仕事をしていると「こういった問題があるので戦略を立てて取り組もうとしても、上司にブロックされる」と感じることがある。だが、上司にブロックされること自体が、実は戦略の重要な一部であり「診断の一部」として捉え直すべきものだ。同じ状況でも「短期的な具体的な進め方が、経営幹部からなかなかロックを取りつけられない」と捉えれば、それは克服すべき困難として診断に書ける。

戦略をめぐるさまざまな障害は、外部から押しつけられた制約ではなく、診断が向き合うべき要素そのものだ。たとえば、特定のプロジェクトに必要な人員を確保できない、合意形成が政治的に進まない、といったブロッカーも、Calm の戦略のように現実の制約として診断に書き込めば、戦略はそれを織り込んだ形で組み立てられる。ブロッカーを敵や言い訳とみなすのではなく、診断の対象として正面から記述する姿勢が重要である。

7.6 自己認識の役割

現在のすべての問題は、少なからず過去の意思決定に根ざしている。とりわけ問題が長く存在しているなら、今の組織にいるメンバー自身が、過去にその問題の一因となった意思決定に関与していた可能性は高い。診断を行うとき、その意思決定に自分自身がどう関わってきたかを直視する自己認識が欠かせない。

自分の過去の取り組みの失敗を認めることを恐れてはならない。確かに、新しいデータも「なし」に考えをコロコロ変えるのはカオスなリーダーシップの兆候だが、新しいデータに「基づいて」考えを変えることは、むしろ賢明なリーダーシップの証だ。自己認識を持って診断に臨むことで、防御的にならずに問題の根を正確に捉えられるようになる。

7.7 まとめ

診断は効果的な戦略の土台となる極めて重要なステップであるがゆえに、戦略づくりの中で診断フェーズはいつも一番手を抜かれてしまいがちだ。これは避けがたい現実だが、本章を通じて、その難しさに少しでも向き合う準備ができたなら幸いだと著者は述べる。

覚えておくべき重要なポイントは4つ。(1) 具体的な解決策を決めてしまう前に、まず診断を形にすること。(2) 最初の時点で同意できなかった視点について、特に意識的に診断に取り込むこと。(3) 可能なところでは、直観をデータで補強すること。(4) ときには必要なデータが手に入らないこともある、という事実を受け入れること。この最後のポイントこそが、多くの優れた戦略が共有されずに埋もれてしまう理由でもあり、次章(洗練)で取り上げられる。

キーポイント整理

理解度チェック(選択式)

習熟度チェック(記述)