← 目次に戻る

第II部 ・ 第6章

探究

この章の狙い: 戦略づくりの最初のステップ「探究」を扱う。解決策に飛びつく前に問題を広い視野で捉え直し、自分の前提を検証する。アンカリングへの解毒剤としての探究の役割と、その具体的な進め方を学ぶ。

6.1 探究とは何か

驚くほど多くの戦略が、最初から失敗する運命にある。原因は、策定者が現状にもっと適した選択肢を検討しないまま、特定のアプローチに執着してしまうことだ。エンジニアが「今流行っているから」という理由だけでツールを選ぶときや、経営幹部が前職で慣れ親しんだ技術スタックを今の職場に押し通そうとするときに、こうした失敗が起きる。これらは最初に触れた情報に判断が引きずられる「アンカリング」の典型である。

探究とは、こうしたアンカリングに対する解毒剤だ。具体的な解決策の選択肢を検討する前に、問題を広い視野で考えるように仕向けてくれる。本質的には、自分の過去の経験が今回の問題にも適用できるかを検証する作業であり、「前回似た課題に取り組んだときから業界は何も変わっていない」と決めつけるのを防ぐ。探究は、自分が見ていない間にも物事は良くなり得るのだと信じ続けることでもある。

探究は特定のアプローチへのコミットではなく、自分の取り得る選択肢の幅を広げる行為だ。著者は、Uber のサービスマイグレーション戦略(第16章ドキュメント)を例に挙げ、業界の文献や資料を調べることでアプローチのリスクや影響を理解できると述べる。例として Google の大規模クラスタ管理 Borg、Mesos/Aurora、Meson などの外部事例の参照が挙げられている。

6.2 いつ探究するべきか

探究のタイミングについての答えはシンプルで、「いつも最初に!」である。探究は必ず戦略づくりの一番初めに行う。なぜなら、自分のアプローチを決めてしまってから探究すると、すでに下した判断を正当化する材料探し(後付けの確認バイアス)に堕してしまい、本来の目的である視野の拡大が機能しなくなるからだ。

過去の経験に頼りすぎてしまうことを防ぐ唯一の手段が探究だ、と著者は強調する。とはいえ、探究は他のチーム(大きな会社であれば自社内、自社が小さければ業界の他社)に既に蓄積された知見に依拠できる作業であり、最近似た問題に取り組んだ人がいれば、彼らの判断から短期間でも学べる。そうやって学んだ材料を、続く「診断」フェーズで実際に活かしていく。

もう一つの注意点は、探究を切り上げるタイミングだ。常に最小限かつ最大限の探究をするのが理想だが、何度試しても自社の状況に確信が持てないこともある。そうした場合でも、1〜2週間を上限として「これ以上は知見が出てこない」という所まで調べたら、潔く探究を終えて次に進むべきである。完全に確信が持てないこと自体は珍しくない。

6.3 探究の進め方

探究の進め方はトピックによって少しずつ異なるが、全体としては概ね似たパターンになる。著者は、特定のトピックを探究するときの一般的な手法として次の5ステップを挙げる。(1) 自社内の前例を掘り起こす(社内の戦略文書を読む、Staff Engineer など関与した人に直接話を聞く)、(2) 業界の論文・書籍を読む(公開された他社事例やオライリーの入門書などから読み始める)、(3) 外部ネットワークを活用する(信頼できる同業の知人に話を聞く)、という順で社内→外部へと広げていく。

社内の前例を掘り起こすのは、戦略文書を残す最大の理由の一つでもある。多くの場合、自分が向き合っている問題は、すでに社内の誰かが向き合った問題だ。直接 Staff レベルのエンジニアに聞いて回るのは、文書を探すよりも速く深い文脈をつかめることが多い。ただし、戦略文書が信頼できない、あるいは古いと分かることもあり、その場合は無理に頼らず参考程度にとどめる。

業界の文献を読むときは「広く読む/狭く読む」の両方を使い分ける。最初は幅広く読んで全体像をつかみ、次に有望なトピックに絞って深く読む。著者は、AI エージェントや LLM 関連、Wardley マップ、システムモデリングの入門書(The Engineering Strategy Primer など)といった具体的な参照先を例示している。外部ネットワークの活用も同様に有効で、信頼できる人に直接尋ねることで、文書には現れない生の知見を得られる。ただし機密や立場に配慮することが重要なスキルとなる。

そして本章が強く戒めるのが、探究の途中で判断を下してしまうことだ。探究の目的は選択肢の幅を広げることなのに、調べている最中に結論に飛びつくと、その結論を支えるデータばかりが目に入る確認バイアスに陥る。新しいデータ「なし」に考えをコロコロ変えるのはカオスなリーダーシップの兆候だが、新しいデータに「基づいて」考えを変えるのはむしろ賢明なリーダーシップの証だ、と著者は対比して述べる。

6.4 まとめ

探究は戦略づくりの最初のステップであり、しばしば過小評価されるが、これを省くことが多くの戦略が失敗する根本原因になっている。やり方を覚えるのは難しくない一方で、最大の難所は「途中で判断を下さない」という規律を保つことにある。

本章を読み終えるころには、今取り組んでいる戦略や次に取り組むべき戦略について、適切な探究を実施できるようになっているはずだ。探究で広げた選択肢の幅を、続く診断・洗練・方針の各ステップに引き継いでいく。

キーポイント整理

理解度チェック(選択式)

習熟度チェック(記述)