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第V部 今後に向けて ・ 第23章

この戦略は優れているか?

この章の狙い: 戦略のフォーマットが整っていても、それは品質の予測因子にすぎず、品質そのものではない。本章では戦略の良し悪しを見極める評価軸を学び、自分なりの判断基準を持てるようになることを目指す。

23.1 業界全体で戦略はどのように評価されているか

戦略の評価手法を自分で考える前に、ソフトウェア業界で実際に流通している評価アプローチを見ておく価値がある。著者はそのいずれにも全面的には賛同していないが、それぞれが拾い上げる「重要なニュアンス」は無視すべきではない。代表的なのは「アウトプット(結果)で評価する」やり方だ。戦略が何かしらの成果を出せば良い戦略、出さなければ悪い戦略とみなす考え方である。

この見方の弱点は明白だ。Googleの全社的なサービスアーキテクチャ移行のように、20年かけてようやく実を結ぶ取り組みもある。短期のアウトプットだけを見れば「失敗」に見えてしまう。逆に、買収による自社開発放棄のような戦略は、目先の成果は出ても長期的には自社の力を損なうことがある。つまりアウトプットは、戦略そのものの良し悪しと、その後の実行・運用環境の変化や運によっても左右されるため、戦略の質を純粋に測る物差しにはならない。

もう一つは「コスト(複雑さ)で評価する」アプローチ。文化的に「シンプルさは善、複雑さは悪」とされやすいが、複雑さが必ずしも悪とは限らない。組織やチーム構成、扱う問題の難度によって正当化される複雑さもある。さらに「インパクト(影響)で評価する」見方もあるが、これは診断段階で判明していた前提条件を踏まえずに最終的なインパクトだけを切り取ると、本質を見誤る。これらの不完全さを踏まえたうえで、著者は独自のルーブリックを提案する。

23.2 戦略を評価するためのルーブリック

前節で見たアイデアの長所と短所のバランスを取り、著者は「スピード」「コスト」「インパクト」の3つの観点から戦略を採点するルーブリックを提案する。各観点を0〜2点で評価し、合計点で戦略の質を粗く見積もるという発想だ。

スピードは、戦略がどれだけ意思決定を速め、組織を前進させたかを問う。最初こそ丁寧に進めても、運用を重ねるうちに次第に速くなる戦略は良い。意思決定をかえって遅くしたなら0点、特に速度に寄与しないなら1点、明らかに速めたなら2点とする。コストは、戦略の洗練に見合わない実装・運用の重さを背負わせていないかを問う。チーム横断で多くの調整を強いる戦略は重い(0点)。一つのチーム内で完結する軽い戦略なら2点だ。インパクトは、戦略が当初の診断で見えていた問題をどれだけ解いたかを問う。問題全体を直接解いた戦略は2点、最初に入念に作ったが本質を解かなかったものは0点とする。

3観点を合計すると0点から6点に収まる。著者はこのルーブリックをUberのサービスマイグレーション戦略(本書のドキュメント16-1)に当てはめて実演する。重要なのは「正しい点数」ではなく、戦略の質を構造的に問い直す視点を持つことそのものだ。

23.3 戦略の中止は失敗を意味するのか

ループリックで採点して質が低いとわかったとき、その戦略を止める判断は「失敗」を意味するのだろうか。著者の答えは「必ずしもそうではない」だ。戦略は止めるかどうかではなく、いつ・どう改めるかが本質である。

例として、最初は単一フェーズの戦略だったものが、状況の変化を受けて第1フェーズと第2フェーズに分割されるケースが挙げられる。第1フェーズではモノレポでの開発と既存課題への対処を優先し、サービスアーキテクチャと向き合うことは後回しにする。第2フェーズでアーキテクチャ刷新に踏み込む。フェーズを分けても診断そのものが変わらなければ、これは戦略の方針の継続であって、放棄でも失敗でもない。

むしろ、状況に合わせて戦略を分割・修正できることは健全さの証だ。中止という言葉に引きずられず、診断が依然として有効か、より良いアプローチに置き換えるべきか、を問い続けることが要点となる。

23.4 見通せないベール

戦略の良し悪しを事後に判定するのは容易に見えるが、実際には「見通せないベール」が立ちはだかる。意思決定をした当時の制約や前提、得られていた情報は、後から振り返ると見えにくくなっているからだ。

著者はLLMによるコードアシスタント導入のような新しい戦略を例に、当時は妥当に見えた判断が、後になって振り返ると不可解に映ることがあると指摘する。実際にはその時点で利用できた情報や選択肢の範囲のなかで、合理的に下された判断だったかもしれない。この「ベール」を意識せずに過去の戦略を裁くと、不当に低く評価してしまう。

だからこそ、他社や過去の戦略を評価するときは、結果だけを見て断罪するのではなく、当時の文脈を復元しようとする姿勢が要る。見通せないベールの存在を前提に置くことが、公正な評価の出発点になる。

23.5 失敗した戦略から学ぶ

戦略の質を評価することには、もう一つ別の目的がある。それは学びだ。著者は、成功した戦略よりも失敗した戦略のほうが「イマイチな戦略」よりむしろ学びが多いと述べる。中途半端な戦略は何が良くて何が悪かったのか判然としないが、明確に失敗した戦略は原因をたどりやすい。

StripeやCalmといった企業のロボットプロセスオートメーション(RPA)の事例のように、各事例の良し悪しを冷静に見極めることで、間違った教訓を引き出すリスクを避けられる。失敗からは「どのフェーズの、どのステップで、つまずいたのか」を切り分けて学ぶことが大切だ。運用の仕組みが足りなかったのか、方針そのものが誤っていたのか、を区別する。

他人の戦略を評価することは、自分の戦略眼を鍛える絶好の訓練でもある。批判すること自体が目的ではなく、そこから自分が将来下す判断の精度を上げることが目的だ、という視点を忘れてはならない。

23.6 まとめ

本章は戦略を評価するための構造化されたルーブリックを提示した。「良い戦略か/悪い戦略か」という二元論で終わらせず、スピード・コスト・インパクトという観点から戦略を採点し、自分自身の判断軸を持つことを促した。

同時に、アウトプット偏重の評価の落とし穴、見通せないベール、中止を必ずしも失敗とみなさない見方、失敗からの学びの価値、といった注意点を重ねて強調している。これらを携えて、次章では自分の戦略スキルそのものを高める方法へと進む。

キーポイント整理

理解度チェック(選択式)

習熟度チェック(記述)